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動画作成:向田 隆

2018年08月16日

夏休みラフ族トレッキング その3

パンパロウ村での一夜があけた。
隙間があいてる高床式の家にはそのまま朝日が注ぎ込む。
ナミママが起き、クニが起き、コハが起き、ジローが起き・・・・キミは起きないface07










寝袋と蚊帳を片付け、顏を冷たい水で洗い、朝食と昼の弁当の準備をする。
今日は朝から夕方まで1日中歩く。
朝のミーティングをすると子供らを集める。
「キツイ」「荷物が重い」「まだ?」と昨日は負の言葉が多かった子供たちに、今日は楽しく歩こうと話す。

朝食を食べ、トイレに行き、トレッキングの準備をする。
ラフ族の子供らも、クニ、ジロー、コハも別れが寂しいようだ。
また来たらいいよ、そのとき、この村には電気は来てるだろうか?水道は来てるだろうか?

「アブヤー!!」 

ラフ族の言葉で「こんにちは」にも「ありがとう」にも「いいね」にも「さよなら」にも使える言葉で最後にあいさつをした。




今日は1日ジャングルの中を歩く。
村のはずれにはラフ族の方のお墓があり、大事な土地となっている。
今年の正月に来た時は会うことができたラフ族のおばあちゃんも今はここに入っているという。

いよいよ、ジャングルに入るというときに、ジローが便意をもよおす。
トイレは?と言ったときには行かないで、さすが本能で行動するジロー。
大きな木の陰でヘビなどいないか確認し、初のジャングルノ〇ソをおこなう。
外でやったのが、相当気持ちよかったのだろうか?ジローは悦に入った顔で戻ってきた。






まずは谷をおりる。
山をいくつか超えて、バンマエナ村まで歩く。
8時30分に出発し、到着予定は15:30頃だ。

先頭はジミーが歩き、危険なものや覆いかぶさった樹木の葉っぱなどを払いのけて進む。
最初の小川でコハは足を踏み外し、きれいに川の中に足をいれる。
トレッキングシューズはびしょびしょ。コハは大丈夫と文句も言わず、列に戻り、歩く。

インディアンパームがなっており、ジミーが食べてみてと渡す。
これは私もお気に入りで、口に入れるとまずはものすごく酸っぱい、噛み続けていると、だんだん甘さが出てくる。
そして、これを噛んだ口で水を飲むと、ものすごく甘い水となり、疲れがとれるのだ。

山で遭難した時、方角を判断する方法、バナナの林があると水があるよ・・・などなど
ジミーはジャングルの中でいろいろ教えてくれる。
獣道をアップダウンし、川を越え、トレッキングするが、不平を言わない子供たち。
えらいなicon06

13時ちかくなったが、昼食場所の滝に到着した。





(続)

【宣伝】 
ラフ族トレッキングは次回は2018年12月27日~31日、2018年12月29日~2019年1月2日の予定です。子供だけの参加も可能です。

子供に不便な生活を体験させたい皆様、ぜひ、お問い合わせください!
漫遊のスタッフが責任をもってお連れ致します。

詳しくはこちら↓↓↓




  

Posted by タカ at 14:25Comments(0)タイランド ネタ

2018年08月16日

夏休みラフ族トレッキング その2

バンパロウ村は標高1500m、雨季で太陽も隠れているので半袖では肌寒い。
陽が落ちてしまうともっと寒くなるだろうから、すぐにシャワーを浴びるようにする。
水道はなく、川の水を引いて天井からドバっと水が出るだけのシャワー。
横にはトイレがある、そんな空間で浴びる。
冷たい水が脳天に響き、そんなに長いこと浴びることはできない。
ジロー、クニ、コハは村の子供たちと走り回って遊んで一向にシャワーを浴びないので
先にナミママとキミがシャワーにいく。








宿泊させてもらう家はいつもの家で、ラフ族特有の高床式の家だ。
隙間はあちこち開いており、床下には鶏や犬がウロウロしている。
標高が高く涼しいから蚊はそれほどいない。

シャワーを先に浴びた私は持ってきた霧島をバンブワームをつまみにしてジミーと一緒に飲む。
ジミーは前回も霧島を飲んで気に入ってくれてる。




1年半前はこの村には全く電気はなかったが、今は太陽光が少しばかりある。
天気によって左右されるが、1時間ばかり室内を照らす程度だ。

夕食はジミーが子供らに教えて、春巻を作った。
ライスペーパーで野菜をくるみ、油であげて完成する。
甘いタレにつけて食べるのだが、これがウマイ!
歩いてお腹がすいていることもあって、ばくばく食べるジロー。
ごはん自体が日本のものと違い、日本のごはんの美味しさを改めて感じる。
辛くないようにしてほしい、パクチーを入れないでほしいとは伝えておいたが、子供らの好き嫌いがないのが感心でほぼ完食をした。




夕食が終わるともうあたりは暗くなっている。
ラフ族の村人の夜は早い。
基本的にはまだ電気はないので寝るしかない。
ジローはすぐに寝袋に入りすでに寝ている。
食べたいときに食べ、出したいときに出し、寝たいときに寝る。
本能で動くジローに感服する。




みんなは21時前には蚊帳を貼って寝袋の中で寝てたが、
床下のニワトリのコケコッコーに朝の3時にはおこされるのだった(笑)

(続)

【宣伝】 
ラフ族トレッキングは次回は2018年12月29日~2019年1月2日の予定です。子供だけの参加も可能です。

子供に不便な生活を体験させたい皆様、ぜひ、お問い合わせください!
漫遊のスタッフが責任をもってお連れ致します。


  

Posted by タカ at 08:03Comments(0)タイランド ネタ

2018年08月15日

タクラマカン砂漠をラクダで旅しよう!

今年のタクラマカン砂漠ラクダ旅の催行が決定した。
中国の西部、新疆にある和田(ホータン)に集合し、砂漠までは四駆で向かう。

途中、市場により砂漠生活2泊3日の食料・水を購入する。
砂漠に1度入ってしまえば、3日目の砂漠脱出までは他の人に会わない。
人工のものは何もない。
あるのは砂と砂漠に生えるわずかな植物だけ。
持っていったものがすべてになる。

自分の乗るラクダを選び、
あとのラクダには荷物を積み込む。
2泊3日のキャラバン隊がラクダ使いを先頭に出来上がる。

ラクダの揺れは上下に来る。
しばらく乗るとお尻が痛くなってくるが、そのうち慣れる。
参加者はお尻対策を考えていたほうがいいだろう。
何かを敷くとか・・・

見渡す限りの砂漠が広がる。
これは2泊3日
ずーーーーーーーーーーっと同じ景色。
インスタ映えする景色はたくさんあるのでどんどん撮ってほしい。
カメラなんかは砂が入らないように対策をしないといけない。
砂漠の砂は粒子が細かい。
砂が入っていないように見えても入ってきているので注意。

そして野営する。

1人1つずつテントを渡すので、その中で寝てもらう。
どこに張っても大丈夫。
他に人はいない(笑)
ラクダ草には気を付けてほしい。
トゲトゲのある草で踏んづけると痛い。
テントを張るときはラクダ草のないところで。

砂漠の真ん中で野営なんか、なかなかできない経験だ。








ラクダに積んできた器具と食料で夕食を作る。
すでにぬるくなったビールで乾杯!
ビールは一晩テントの外に出しておくと朝ごはんのときには冷たいビールが飲める。
それぐらい砂漠の気温差は激しい。
ラクダ使いに火を焚いてもらい、羊肉串を焼いてもらうのもいい。
ウイグル族は羊肉を食べる。

太陽が沈むと何も見えなくなる、星明りだけが頼りになるので
必ずヘッドライトを用意してほしい。
満天の星空を楽しむぐらいしか夜の楽しみはないが、これも日本では経験できない。

夜は冷えるので必ずジャンバーが必要だ。
日中は夏の恰好、夜は冬の恰好、この準備をお忘れなく。

夜が明ける前に砂丘に上がって太陽を待とう。
冷え込んだ砂の世界が徐々にあたたかくなってくる。
砂漠の太陽はありがたいのか、ありがたくないのか??
すぐに厳しい日差しがやってくる。




朝ごはんを食べたら、またラクダで移動だ。

タクラマカン砂漠、ラクダ旅はこんな感じ。
観光名所にいくのではない、ショッピングもない、グルメもない、
だけど、最高の旅が味わえるだろう。(人による(笑))

現在、私を含め、男性2名、女性2名の4名が日本から参加。

興味がある方は、ご相談くださいね。






詳しくはこちら 










  

2018年08月15日

夏休みラフ族トレッキング その1

8月4日、毎度おなじみのガイド・ジミーが朝8時に迎えにきた。
我々は2泊3日のトレッキングの分だけの荷物をリュックに詰めて車に乗り込む。
うしろの荷台を迎え合わせに座れるようにしたトラックだ。




日本では公道を人を乗せて走るのは禁止であろう、そのトラックに大興奮の一行。
道路わきには南国のフルーツが並ぶ
ドリアン、マンゴスチン、ンゴ、パイナップル・・・

1時間ほど走り、ローカルな市場に到着。
ここで水を購入する。1本=10B(約30円ほど)
また、ナミママは、ドリアン、マンゴスチン、ンゴ、豚の油の揚げたもの、バンブワームなどを購入。
このあと車の荷台の上で果物試食会がはじまる。








市場から1か所観光でお寺を経由し、山道へ入る。
グネグネ道を上がっていくと1つの村に到着。
そこで昼ごはんだ。村のおばあさんが作ってくれた焼飯とスープをいただく。
焼飯に唐辛子の入ったナンプラーをかけて食べるとより美味しい。
ジローの食欲はすごい。どんどん焼飯をおかわりする。




焼飯を空にして、いざトレッキングに出発。
ここからは最初のバンパロウ村まで歩いていく。
ジロー、クニ、コハ、キミともに重い荷物を背負って歩くのは慣れていないようだ。
ジローは大量に水を飲むので大量に水を持っていて、特に荷物が重い。
コハはあとどれくらい?と頻繁に聞き、クニはむすっとして歩く。
おいおい、もっと楽しく歩こうや(笑)








村までは約4時間程度。
アップダウンを繰り返しながら進む。
ときおり、ジミーが食べられる木の実、タイガーバームの原料の木、毒のある葉っぱなどを教えてくれる。
ジミーの説明はすべて英語。私が日本語にして子供たちに説明をする。
毒のある葉っぱ、毒のある蛇などの説明はさすがに子供たちも興味津々で、ポイズン、ポイズンと連呼。




ジローは下り坂では早くなり、登り坂では遅くなり、しまいには立ち止まり、寝転んで休憩する。






タイはこの時期、雨季だ。
ジミーは昨日までずっと雨だったのでラッキーだという。
ただ、標高が高いので霧がかかり、じわっと水分が体にまとわりつく。
炎天下で歩くのを考えると、冷たいミストを浴びて歩いているのと同じなので条件はいい。

そしてようやく村に到着。
村の入り口では村の子供らと豚たちがでで迎えをしてくれた。






(続く)

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ラフ族トレッキングは次回は2018年12月29日~2019年1月2日の予定です。子供だけの参加も可能です。

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Posted by タカ at 15:24Comments(0)タイランド ネタ

2018年08月15日

夏休みラフ族トレッキング プロローグ

タイ北部の少数民族の家に泊まるトレッキングももう4回目になった。

今回は岡山県岡山市からお申込みをいただき、家族4名+子供1人参加の5名を引率することになった。

行き先は今年、昨年の正月を過ごしたラフ族の村。もうラフの家族も顔なじみだ。

岡山からのメンバーは

小5のジロー 
食べ物に好き嫌いはなし、嫌いなものは登り坂と唐辛子




小5のコハ
好奇心旺盛でなんでも食べるし、オカマにも興味深々





小6のクニ
人生最初の海外旅行はニューヨークを希望していた、だが、現実は電気も水道もないラフ族の村だった・・・




中3のキミ
24時間寝ること可能。とにかくよく寝る。帰りは起きたら帰国していた。
嫌いな食べ物はバンブワーム、好きな食べ物はワニ。




そして、4〇歳のナミ
この個性豊かな子供たちを引き連れる個性豊かなお母さん。
ジローを3分に1度怒っているが、慣れてしまって効き目がない・・・face07




コハ以外は家族でコハはジローの友人で子供だけでの参加だ。


8月3日、福岡空港から台北経由、バンコク経由でチェンマイへ入る。

チェンマイのホテルはロケーションを考え、ナイトバザールパレスを選んだ。
ナイトバザールまで徒歩3分の宿だ。

初日はナイトバザールでパッタイなどを軽く食べ、次の日のトレッキングに備え、早めに休んだ。

ジローは人の分のパッタイまで食べていた・・・。

(続)


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ラフ族トレッキングは次回は2018年12月29日~2019年1月2日の予定です。子供だけの参加も可能です。

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Posted by タカ at 07:17Comments(0)タイランド ネタ

2018年08月02日

ルナザップは結果にコミット・・する?

次女ルナ(小3)の今年の25の目標の1つが

パパを70kgにする

であった。

この目標が決まった正月あけは忘年会・新年会の暴飲暴食が終わったところで

体重は79.9kgであった。(およそ80kg) 

そこでルナの目標に

パパを70kgにする!

というのを入れられた。

約10kgダウンしないといけない。

ここからルナザップが始まった。

こいつの言うとおりにして、果たして結果にコミットするのか!?

まずは経過観察で口頭で体重の報告をしていた。

増えては、飲みすぎ!甘いもの食べすぎ!ごはん、おかわりしない!と指導が入るicon10

最初は意識することにより痩せたがすぐに停滞する。

そこで体重表を作成し、毎日、体重の報告をし、ルナのコメントを入れてもらうことが続いた。




「ふえていますよ、がっかり」icon197

「はらたつなあ、プンプン」icon197

「もうどうなっても知らない」icon197

などの喝を入れられるコメントもあったり、

「新キロク!すごい!もうちょっと!」face02

「すごい、がんばったね」face02

などの褒めコメントもあったりで

飴とムチを使い分けるルナ(小3)

飴が欲しくて頑張る46歳。


これもルナザップの特徴だ(笑)


そして6月下旬より、とうとう食事もコントロールしだすルナザップ。

私のために野菜スープを作ってくれ6月、7月を過ごす。

そうなると停滞期だった体重が加速的に落ちだす。











ルナと二人三脚でダイエットに取り組んできてもう8か月目。(最初はただ体重計にのってただけだが)




ようやく目標の体重70kgが見えるところまできた!icon06



今日の体重は・・・・・・・












71.0kg!!






79.9kg(1月)⇒71.0kg(今)





あと大きいう〇こさえ、出せば目標の体重に到達!





ルナザップは果たして結果にコミットするのか!?



明日からタイの山奥の村に行く。
3日間のジャングルトレッキング。
これが吉となるか!?凶となるか!?


結果報告はまた来週!  

Posted by タカ at 14:42Comments(0)日本での日々

2018年07月30日

胆嚢炎物語 5

胆嚢のない男となった初日(手術翌日)を迎えた。
まだ全身のチューブを取ってもらえず、定期的に検診に来てくれる看護師さんにまだチューブ取れないですか?と尋ねる。
「手術の翌日ですからね~」と。

私「ごはんはいつから出ますか?」
看護師「採血の結果を見てからですね~」
私「じゃあ、朝は出ないんですね!」
看護師「出ても昼からですね~、もうお腹すきましたか?」
私「手術前から空いてます」

それからしばらくたって、酸素マスクがとれ、尿道のチューブがとれ、指につけてる何か知らないのがとれ、

残るは点滴と背中のチューブだけになった。
背中のチューブはお腹の痛み止めだということ。
痛かったらポンプのようなものを自分でプシュと押してくださいねと昨晩言われていたが、1回も使っていないため、
たくさん薬が残ってるのだろうか。

看護師「採血の結果、昼ごはんから出ますよ、手術したばかりだからゆっくり食べてくださいね」

ジャーン!!
42時間ぶりの食事。

少なっ!

これに在庫の魚肉ソーセージをプラスして昼ごはんを味わう。

昼から主治医が体調は大丈夫ですか?と来られる。

私「はい、大丈夫です!」

主治医「では、背中の管も抜きましょう。点滴も一旦抜きましょうか?」

ここで全部のチューブに開放される私。

私「はい、お願いします、セブンイレブン行ってきてもいいですか?気分転換に」

主治医「運動したほうが体の空気も抜けるのでいいでしょう。外出届をだしてください」

私「分かりました」face02


届け出を出し、いざ、セブンイレブンへ。

途中、肩に猛烈な肩こりを感じるが、ずっと寝てたからだろうと肩をまわしながらセブンイレブンへ向かう。

左手首のバーコードのついた腕輪さえなければ昨日、胆嚢をとった男とは思えないだろう。
そんなさっそうとした感じでセブンイレブンに入る。



「先生がヨーグルトとか消化がいいものは食べてもいい」って言ってたな

消化にいいもの、消化にいいもの・・・と思って籠の中に入れる。



カツ丼・・・悩んだがさすがにこれは消化に悪いやろと籠から出す。

冷やし中華・・・これは・・・ギリギリ・・・ヨーグルトと同じタイプで消化にいいやろと思い籠にいれる。

そして、消化にいいと私が判断したこれらの商品を購入!





病室に戻り、シュークリームを食べ、夕飯と一緒に焼きつくねおにぎりと魚肉ソーセージを食べ、朝飯前に冷やし中華を食べ・・・・


そして、それが掃除のおばさんの密告でバレるicon196


看護師「西山さん、入院中は外から持ってきたものを食べないようにしてほしいのですが」

私「先生がヨーグルトとかプリンとか消化がいいものなら食べていいと言ってましたよ」

看護師「今朝、冷やし中華食べてましたよね?」

私 face08


それからというもの・・・

主治医におなかが張ってるんですがと言っても、

「冷やし中華食べたのがよくなかったですね(笑)」としか言われない。

主治医にも伝わってる・・・

自業自得だ。



入院中は先生の言うことをよく聞かねばいけないと、明日退院を前にして胆嚢のない男は思った。

(胆嚢炎物語 完結)
  

Posted by タカ at 16:13Comments(0)日本での日々

2018年07月30日

胆嚢炎物語 4

※注意 この記事には私の胆嚢の生の写真が出ますので、そういうのが嫌いな方は読まないでください。


手術当日がやってきた。
46年間一緒に世界各国に行った「胆嚢」とさよならをする日だ。

9:30に看護師が病室に迎えに来てくれて、
紙パンツに、めちゃピチピチのソックス、ヘアキャップをつける。
そのまま歩いて手術室へ向かう。
手術室に入ったら、手際のよい作業で先生たちが背中に管を通したり、
なんだかいろいろしている。

麻酔でそろそろ寝むくなります と言われ、
何か質問は?という問いかけに
「今日は夕食は食べれますか?」と私。
「容態を見てからですね」との回答。

そして、すーーーっと意識がなくなる。


・・・・・・・


手術終了。

意識が覚めたのは14時くらいだっただろうか?

口に酸素マスク、指先から背中から尿道から各所にチューブがあり、動けないが、
特に痛みはない。身体が張った感じはする。

意識がはっきりしてきて、先生から手術の報告がある。
きれいに取れましたよと写真をいただく。




46年間ありがとう!胆嚢!
こき使って申し訳ありませんでした。
あとは肝臓に頑張ってもらいます。




そういう感謝の思いをこめて、
夕方、心配でお見舞いに来たルナに写真をプレゼントする。

「夏休みの自由研究に使って」

「いや、いい」

続  

Posted by タカ at 14:52Comments(0)日本での日々

2018年07月30日

胆嚢炎物語 3

仮退院の間、モンゴル行って、富士山も登った。
胆嚢は痛みだすこともなく無事過ごせた。

7/26、再入院のために病院へいく。
エコーやMRT、採血などがあり、入院。
前回入院した部屋の隣の部屋に入る。

手術前日の夕食以降から手術日を経て、手術翌日の昼まで絶飲食になるということだったので
慌てて、会社に電話して電話にでたスタッフのチョウに

ざるそば
魚肉ソーセージ
ヨーグルト
コーヒー
飴玉

を買ってきてと頼む。
嫁に頼むとざるそばと魚肉ソーセージが許可されないと予想される。

案の定、嫁から
「チョウさんが今、パソコン持って病院向かったけど、ざるそばと魚肉ソーセージは私が却下したから(怒)」
と電話。
慌てて再度、チョウの携帯に電話し
「ごめん、ざるそばと魚肉ソーセージ、大丈夫やけん、こっそり買ってきて。内緒よ!内緒!」と懇願する。
チョウ「本当に大丈夫ですか?」
私「大丈夫、大丈夫!内緒よ!!内緒!!」

そして、手術前日、夕食以降は何も食べれない、飲めないという猛烈な危機感が働き、
夕食のほかに、ざるそばと魚肉ソーセージとヨーグルトを食べておく。




夜、20時前に嫁と次女ルナがお見舞いに来てくれた。
ルナ「パパ、大丈夫?」と心配そうにいったあと、部屋の中をガサガサ探検しだす。

冷蔵庫をみて

ルナ「あっ、ソーセージ食べたーい!」

私「あっ、おまえ、勝手にみるな!」

ゴミ箱をみて

ルナ「あっ、ざるそばも食べとうよ」



私「・・・・・・・・・・」face07


嫁「・・・・・・・・・・」icon197


手術前夜の出来事であった。

続  

Posted by タカ at 13:27Comments(0)日本での日々

2018年07月30日

胆嚢炎物語 2

入院3日目の朝、まだ私は点滴につながれていた。

診断は胆石性急性胆嚢炎、胆嚢腺筋腫症

この2つにより胆嚢を切除しないといけない、すなわち手術ということになった。

私 「モンゴルは絶対、行かないといけないんですが・・・」

主治医 「そうですよね、一時退院して、落ち着いた日程でやりますか?

そのかわり油っこいものや卵なんかは注意してくださいよ」

私 「はい、注意します」

主治医 「では、いつにしましょう」

私 「飲み会を3つキャンセルしたら、7/26の日程でいけますが、8/3からタイの山奥で3日間ジャングルを歩きます」

主治医 「まあ、1週間みてればいいので大丈夫でしょう」
ということで、私の一時退院が決まり、再入院は7/26からになる。

この仮退院中は

7/12~16 内モンゴルのオルドス

7/22~24 富士登山

のスケジュールが入っており、

予定では 7/26~1週間程度 入院(7/27 手術)

その後の予定は、8/3~8 タイのラフ族の村 

と、なった。

なんと身体に優しいスケジュールだろう(笑)

そして、退院し、添乗員としてモンゴルへ飛ぶ!

このツアーの参加者には医者であるM氏と看護婦であるH氏がいて、心強い・・・と最初は思った。





実際、モンゴル旅行中の宴会で

モンゴル人に酒を勧められて

私が「今、胆嚢炎で酒をセーブしてます」と身体をいたわった発言をしていると、

白ワインを持ったM氏がぼそっと言いやがった。

「アルコールは胆嚢関係ないですけどね」

icon196

味方じゃなかった・・・








(続)
  

Posted by タカ at 12:14Comments(0)日本での日々

2018年07月30日

胆嚢炎物語 1

私には10年以上前から抱えている痛みがあった。
その痛みは夜になると発生し、朝起きるとよくなっている。
痛みの発生も半年周期ぐらいのものだし、痩せたらおこらないし、太ったら起こりやすい。
平常時にいくつかの病院に行っても原因が分からず、
1度だけあまりに痛くて救急病院にいったが、そこでは専門の医師がおらず原因が分からず、
佐賀のお客様にそういう痛みで原因を発見してもらったよという方がいたので、佐賀の病院までいくが原因が分からずだった。

今回、土曜日の夕方前より、ズキンズキンと痛みを感じ始めた。
いつもの痛みだ。
次第にお腹の中が雑巾で絞られる痛さになっていく。
まさしく、いつもの痛みだ。
家の近くの病院がギリギリ開いている時間だったので、自分で運転していく。
なぜか次女も心配とついてくる。

そして〇〇病院到着。

主治医「エコーをとりましょう、採血をしましょうと検査がはじまり、
これは急性胆嚢炎ですね。
痛かったでしょう。
よく我慢できましたね。
すぐに入院です。


入院!?



主治医「場合によっては手術ですね。」



手術!?



私「え!! 5日後にモンゴル行くんですが・・・

そしてモンゴルから帰ってきて6日後に富士山に登るんですが・・・」


主治医「月曜日に検査結果を見ながら相談しましょう。
とりあえず、入院してください。」








次女が嫁に私の携帯を使って電話する。

「パパ入院って。パパ死なないかな・・・」icon198



  

Posted by タカ at 10:44Comments(0)日本での日々

2018年07月28日

ルナの富士登山挑戦 2

山小屋についたら、まずチェックインをし、寝るところ、更衣室を案内してもらう。
案内と言ってもそんなに大きな山小屋ではない。
案内は1分で終わる。
寝るところは二段になっており、上に寝るか、下に寝るか山小屋のスタッフに指定をされる。
寝袋と枕と毛布が用意されている。
下界の暑さとは違い、七合目でも寒い。
トイレは外に清潔なトイレがあり、宿泊者は1回だけ200円払えば使い放題。
富士山には水がないのでシャワーはもちろんない。

夕食は17時からカレーライスが出た。
ちなみに単品で頼むとカレーライスは1200円。
福神漬けとラッキョウが付け合わせであったので、それをガバガバいれてお腹を満たした。

ご来光を頂上で見る人は山小屋を23時にはでるという。
朝4時20分頃なので頂上まで5時間かかるとするとそれぐらいに出ないといけない。
我々は目的は頂上でのご来光ではなく、あくまでも「山頂までいく」ということなので無理せず明るくなって出発することにする。
山小屋にはインド人、アメリカ人など様々な国籍が来ていた。
ビーフカレーじゃない?とルナはインド人のことを心配。
来月、インドに行くルナはヒンドゥー教は牛肉を食べないと微妙に知っている(笑)
我々親子は17時に夕食を食べ、18時には寝袋の中にいた。

23時にごそごそと山頂ご来光組が出発し、
24時過ぎてまあ、間に合えば山頂でご来光見るかという組が出発し
3時ごろ、なぜ今の時間に出発という組が出発。
そうなると4時に寝てるのはルナただ1人だった。

4時に東の空がぼんやり明るくなってきたのでライトなしでも登れるというのを確認し、
そろそろ準備して登ろうかとルナを起こす。
朝ごはんは宿からもらった朝めしセットで
カロリーメイト、パン、いりこ、ソーセージ、アップルジュースである。
私は夕食のカレーが足りずに夜のうちに朝飯セットは完食しているので何もない。
ルナが食べているのをじっと見て、おこぼれをもらう。

4時すぎに登山靴を履き、登頂開始。
気温は10℃くらいだろう。それに風が強いので体感温度はもっと下がる。
ルナは長袖シャツにフリースを着て、上下レインコート、軍手で風と寒さを防ぐ。
早朝4時のぼんやりとした朝焼けの中、小さな身体で登っていく。

4時ぐらい、山中湖の向こうから出てくるきれいな日の出を拝む。
しばらく岩に座り、荘厳な景色を楽しむ。
左側には雲海が広がり、周りの山々が眼下にみえるのはさすが富士山である。






まずは八合目を目指す。
八合目⇒本八合目⇒九合目⇒山頂。
高山病が心配だったので、ルナに何度もきつくないか確認しながらいくが、
「眠いだけ」という。軽い高山病だ。
少し寝ると余計だるくなるとのことで、持ってきた酸素を吸わせ、お茶を飲ませ、ゆっくりと深呼吸をさせながら進む。
ゆっくり、ルナのペースで歩く。
止まっては酸素を吸い、深呼吸。
「登る」か「あきらめるか」どちらでもいいことは登る前から話している。
眠いとは言ってるが、きつい、やめたいとは言わない。
登るという意思ははっきりしている。






八合目到着3200m。
ルナは飛行機以外では生まれて初めての3000m超え。
高山病は眠気となってルナに襲いかかっている。
七合目から八合目の長いこと長いこと。
さすが富士山である。

このあたりになると樹など見えない丸裸の山なので山小屋が下からでも見える。
地図と照らし合わせ、あそこが本八合目だろうねと目標を定め、登っていく。
ルナのペースは遅いが、休まず一歩一歩進んでいる。

本八合目3350m到着。
酸素を思いっきり吸って目を覚まそうとするが、なかなか酸素不足は戻らない。



「きつくはない、眠いだけ、登れる」
こう言って、自ら立ち上がり登り始める。

そして九合目。山頂まであと30分と書いてある。
4時から歩きだし、すでに5時間30分たっていた。
山頂には日の丸があり、風でたなびいている。
ルナ、あそこが山頂ぞ。
うん!と力強く頷き、酸素を思いっきり吸って立ち上がる。



最後の30分の道のりも一気には歩けない。
立ち止まっては、呼吸を整え進む。
それでいい、焦らずゆっくり登ればいい。もうゴールは見えている。

そして、山頂到着。
出発からすでに6時間たっていた。
山頂だというと、
ようやくルナの顔に笑顔が戻った。
お鉢巡りもしようかと思ったが、酷だろうともう口には出さなかった。
ここまでよく登ったよ!すごいよ、ルナ。


  

Posted by タカ at 15:59Comments(0)山ネタ

2018年07月28日

オルドス漫遊記 その3

オルドスでの短い夜があけた。
まだ、みんなは寝ている中、昨夜は暗くてわからなかった外を散歩してみる。
昨夜、我々のお腹に入っていったであろうヤギたちの皮が並べてあり、命をいただいたことに感謝をする。
モンゴル族の家はトイレは外に作るらしい。
家から離れたところにただ穴を掘っただけのトイレがある。
畑にはとうもろこし、じゃがいもなどが植えてある。




タナさんのお父さんと弟さんは酒に酔ったままウロウロしており、
お母さん、お嫁さんは家事をしている。

弟さんが、酒で目が座ったまま、「魚釣りに行こう」という。
こんな状態で池に行くのも怖かったので丁重にお断りする。
お父さんが、酒で目が座ったまま「白酒を飲もう」という。
こんな状態の人とさしで飲むのも怖かったので丁重にお断りする。

この親子は寝ないで飲み続けることができるらしい。
あとでお父さんは飲みすぎとタナさんに怒られ、
弟さんは嫁さんにまわし蹴りをされていた。
モンゴルの女性も強いもんだ。

朝7時にヤギの解体をするという話だったので、見てみたい人だけ起きた。
だけど、ヤギの解体できる従兄が昨晩4頭解体して疲れたらしく、帰って行ってしまって中止。
せっかく起きたので、ビールでも飲もうと庭にイスを出して早朝ビアガーデンを開く。
ビールは数本でよかったのだが、お父さんが倉庫から2ケースも出してくる。
チーズをつまみに冷えてないビールを飲む、朝の空気が清々しい。
モンゴル族の人々も常温のビールを好むらしく、私が冷凍庫にビールを入れていたら怪訝な顔をしていた。




旧館で白酒の空瓶と一緒に横たわっていたM山会長も起きてきて、
みんなで聖地に行こうという。ここらの集落のモンゴル族の聖地でタナさんも懐かしい場所だということ。
到着すると、建物をまわり、石を拾い、そこの建物にあげて願い事をお祈りしたり、
牛乳をかけてお祈りしたりする。
私は「旅行中、スチンタナさんが時間を守りますように」icon195と切実な願いをしておいた。
その聖地は丘になっており、はるか遠くまで見える。
あそこのヤギはうちのヤギよ。と数km先の点点を指さしながらタナさんは言う。




タナさんの実家の土地は広い。
しかし、来年にはもうここに実家はないという。
オルドスの地下資源開発が進む中、タナさんの家も例外ではなく立ち退きを迫られたという。
中国での立ち退きは絶対的なものだ。
今まで大草原の中で暮らしてきた人々がマンションに住めるのだろうか?

昼食もヤギが出てきた。
ヤギがダメだというM氏のために豚肉も出てきた。
タナさんは目の座ったお父さんと優しそうなお母さんと一緒にリビングでヤギを食べていた。
次帰ったときは、もうこの実家はない・・・

タナさんはこの実家での最後の家族の団らん。
このツアーを企画して本当に良かったとおもった。


M氏のための豚肉








  

Posted by タカ at 11:29Comments(0)中国ネタ

2018年07月28日

ルナの富士登山挑戦 1

昨年、東南アジアで一番高い山キナバル山4095mに登った。
日本一の山、富士山は登ったことないのに・・・

ということで、次女小3のルナと富士山3776mに登ることにした。

2歳のときから三日月山、立花山に、3歳で宝満山などの低山は登ってきたが高山は初めてのルナ。
今年に入ってはゴールデンウィークに鶴見岳に一気登山(海抜0mから1375mまで一気にあがる)に出かけただけ。
富士登山が近づいても、私の出張やルナの習いごとで山に登ることもできなかった。
スクワットやら腹筋やらはやっておけよとルナに言って、やってはいたが、いざ富士登山が近づいてくるとさすがに山登っておかないといけないだろうと、朝5時起きで三日月山に連日登った。
三日月山も直線で登るコースは汗をかくほどなコース、しかも15分で頂上まで登れるので時間のない朝にはもってこい。
三日月山トレーニング最終日はルナは朝日にむかって富士登山の成功の誓いをしていた。

7月22日 富士登山当日

朝一の羽田空港行きの便へ乗り込む。
その後、モノレール、山手線を乗り継ぎ、新宿駅へ。
新宿のバスターミナルから富士山五合目までの直行高速バスへ乗る。
夏休みでもあり、ピーク時期なのだろう満席であった。
新宿から富士山五合目までは約2時間30分。





13:00 富士山五合目到着。
到着すると、私のほうが体調が少しおかしい。
キナバルのときは薬を飲んでいたが、ルナの体調の変化が分かるように今回は私も飲んでいない。
身体を慣らすために1時間ほどここでゆっくりするよとルナに言って、
飲み水を買ったり、富士山帽子を買ったりする。
五合目でおーいお茶200円を4本買った。(七合目では400円、八合目以上では500円となる)




14:00、トイレ(無料トイレあり、これ以降は1回200円かかる)をすませ、いざ出発!
今回のルートは易しいという富士吉田ルート。
各ルートで看板が色分けされており、このルートは黄色。
1日目は七合目にある富士一館という山小屋が目的地。

五合目から六合目が1時間
六合目から七合目が1時間
約2時間で到達すると書いてあった。

五合目から六合目までは緩やかな傾斜で下り、登りを繰り返す。
世界中から登りにきてるようで、英語、中国語、ロシア語などが飛び交う。
六合目にある案内所のスタッフも英語、中国語が堪能だ。







六合目からは少し勾配が急になるが、それほどでもない。
これぐらいであればルナには易しすぎる。
標高が高くなるにつれ、涼しくなる。
ルナは六合目と七合目の間ぐらいで長袖Tシャツを着る。私は半袖。

そして、なんなく山小屋 富士一館には16:00に到着。
予定通り2時間。

「もう少し上の山小屋でもよかったね」とルナ
楽勝だったようだ・・・





まだこのときのルナは明日のきつさがどうなるのかを知らない・・・

(続)



  

Posted by タカ at 08:22Comments(0)山ネタ

2018年07月27日

オルドス漫遊記 その2

タナさんの実家では我々の到着を今か今かと待っていた。
バスが到着するとお父さん、お母さんをはじめ親戚の方々が暗闇の中、バスへ集まってきた。
周りは草原と畑のようだ。
メェーメェーと鳴き声がするので羊かヤギが近くにいるのだろう。
空をふと見上げてみると満天の星空。
参加者一同、空を見上げ、すごいね~という。
その中で「宮崎の星空のほうがスゴイ」という負けず嫌いのM氏。
まあ、M氏の言葉は聞き流し、一同は自宅の中に入った。

建物は左側に新館、右側に旧館とあり、普段は新館で過ごしているという。
今日は我々が日本からやってきたので新館を使っていいという。
新館には5部屋とリビングが2つある。

1つの部屋を北海道から来た飲兵衛ペア。
1つの部屋を今回最年長のF氏と奥様
1つの部屋を乗馬好きと恐竜好きで新婚旅行を兼ねてきているS夫婦
1つの部屋を今回、最南端の大牟田からやってきたM親子と学校の先生をされていたN先生。
1つの部屋をしもばるソフトバレー愛好会会長のM山会長と私

こんな感じで割り振りをした。

深夜1時を過ぎているので、本当はみんな寝る時間だったが、はじめてのモンゴル族の家でのホームステイでワクワクして寝れない。
リビングには美味しそうな夜食が置いてあり、荷物を各部屋におき、リラックスモードになりリビングに集まる。
私は日本から持ってきた焼酎の霧島1升パックをもちリビングへ。
チーズやパンを食べ、ミルクティーを飲んだり、焼酎を飲んだりしているところにヤギ肉がどーーーーーんと運ばれてくる。







深夜1時の骨付きヤギ肉。

箸がないのでいつまでたっても手を出さない我々をみて、ガイドのアイハラさんがモンゴル人は手で食べるんですよ。
と見本をやってみせる。
油でベトベトになった手はきれいに手にすり込めば手もピカピカになるとのこと。
昔は皮のズボンをはいていたのでそれになすりつけたりしていたらしい。
ヤギ肉をおのおの持ち出し、かぶりつく。柔らかくてジューシーで美味しい。
骨のところにくっついてる肉が一番美味しいらしく、ナイフで削りながら食べるのがモンゴル風だと。
羊肉にかぶりつき、霧島で胃に落とす。
なんとも言えない満足感。
羊肉が苦手だという大牟田のM氏は霧島だけ、ごくごく飲んでいる。









そして、夜が苦手な私は先に寝室へ。
ソフトバレーボール会長M山氏は酒好きのタナさんのお父さんと弟さんに拉致され、旧館へ。

2時すぎに寝たが、早起きの私は翌朝5時起床。
旧館のベットには横たわるM山会長、
そして・・・
まだ、酒好きのお父さんとお兄さんは55°の白酒を飲んでいた・・・・

続  

Posted by タカ at 08:39Comments(0)中国ネタ