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動画作成:向田 隆

2017年06月24日

キナバル山4095mに登る 最終編

深夜2:15真っ暗闇の中、ヘッドランプの明かりを頼りに出発。
登山ガイドのベル、私、フリーマンO氏の順番で歩く。
繰り返しいうが、我々2人はハイキングレベルの登山しかしたことがない中年の親父。
他の人たちは2:30登山開始だったので、わずかだけど早く出発。
前日に君たちは遅いみたいに言われたからだ。

最初から急こう配の階段。
闇の中の階段は果てしなく続くのではないかと勘違いさせる。
深夜の闇にハーハーと息遣いだけが聞こえる。
タイムリミットがあると言われていたので、出来るだけ休憩をとらないで黙々と登る。
フリーマンO氏が首が痛くなったとつぶやく。
軽い高山病か・・・これ以上、痛くならねばよいが・・

階段があったり
ロープを使って岩場を登る場面があったり
そんなのを繰り返す。
ロープや岩が昨夜の雨でぬれており、手袋をぐちょぐちょにする。
登るにつれ気温も下がり、強風も出て、濡れた手袋がどんどん冷たくなる。
手の感覚がなくなり、手袋を外し素手で登る。

山頂まではあとどれくらいだろう。
暗闇の中なのでよくわからず、時折出てくる看板であとどれくらいか判断する。

最終ゲートで首からぶら下げた登山許可書を見せ、最後の部分に向かう。
ここから先は岩だけである。
山頂に向かってまっすぐ進むと急斜面になるのでジグザグに進む。
階段に比べると岩場は意外と楽だ。face02

そして最後の50m程度。
また手を使わないと登れない岩場にくる。icon41
強風がさらに強くなり、寒い。
そして私の手が動かなくなり、登れなくなる。
前にいくガイドのベルにその旨を伝える。
すると自分の手袋を投げて渡してくれた。
かじかんだ手で手袋をつけ、しばらく待つと手が動くようになった。
あと50m程度。
岩場に手をかけ、最後の岩場をよじ登る。

朝5:15キナバル山4095mの頂上に登頂。
頂上部分は看板があるが、まだ暗くてよくみえない。
しかも、頂上部分はかなり狭く2-3人しかいれないので交代で写真を撮って終わり、
登頂の喜びをかみしめる余韻などない・・・・(笑)
それととにかく強い風で寒く、早く降りたい。



※暗くてよくわからないが、これが山頂での写真


頂上から降りながら、ご来光は・・・・?と東の方角を振り返る。
大きな雲の合間から太陽はわずかに出ているだけ。
しっかりとはでていないけど、4000mの高地での日の出は神々しく見えた。



太陽が昇ってきたことにより、帰りの道は景色を楽しみながら降りる。
やっと登山の楽しさが出てきた感じだ。
明るくなって分かったが、なんともすごい道のりを登ってきたものだ。









こんな階段を上ってきている



頂上を出たのが5:15、山小屋に戻ったのが7:30。
1時間山小屋で朝食を食べ休憩をし、再度、8:30に山小屋を出発し、下山。
1680mのゲートには12:00に戻ることができた。

再度言いたいが、我々はハイキング登山しかしていない中年。
高山に登山慣れしている人であれば登山道や山小屋がしっかりしているので登りやすい山だろう。
それと、大学生や若者で体力のあるものはぜひトライしてほしい。
特別な装備なくこれだけの高山に登れる山というのもないのではなかろうか?

最後に今回の下見に付き合ってくれたO氏に感謝!!
O氏は生まれ変わったらぜひキナバル山のポーターになってほしい。




  

2017年06月23日

キナバル山4095mに登る<山小屋編>

標高3300m弱のところにある山小屋に到着した。
清潔な山小屋で安心。
フロントで首から下げたビジターカードを見せると、割り当てられた部屋の鍵を渡される。

客室はすべて2F。階段がこたえる・・。






ドミトリーの8名部屋。部屋もまた清潔だ。
部屋の中には2段ベットが4つあり、上下×4=8名だ。
我々が到着した時にはもう2段ベットは1つしかなく、場所も選べずそこに荷物を置く。




上に上がるのはもう嫌だったので、何も聞かずに私は下を選ぶ。
登山靴を脱ぎ、汗臭いTシャツを脱ぎ、シャワーをあびる。
お湯は出ないが、どうでもいい。とにかくさっぱりしたい。

しばらくベットに座り休憩をし、それほどお腹がすいていないが、1Fのレストランに行く。
焼きそば、焼き飯、チキン、サラダ、スープなどなどビュッフェでたくさんある。
味は普通だが、山小屋での食事では上出来だ。








このレストランは到着時の夕方、深夜2時の出発前、頂上から帰ってきてからの朝、この3回食事が出る。
また、ここには水やジュース・ビールなども売られている。
ビールをぐびぐび飲みたい気分だったが、疲れと高山で体調を崩してはいけないのでやめた。

売店ではヘッドランプが25MD=約650円でレンタルできたので、念のために借りた。
これから深夜2時15分に山頂に向かって登りだすが、私の日本から持ってきたヘッドランプではあまりにも頼りなさ過ぎたからだ。
そのほかに寝袋や上着のレンタルもあった。

夜7時前には明日早朝(真夜中)の登山に向けてみんな就寝に入る。
ただ、疲れからなのか私は寝れず、ずっと本を読んだり、ipadをいじったりして一睡もせずに過ごした。

そしてあっという間に深夜2時。
疲れはまったく取れていない。
夜中にザーザー降りの雨はあがった。

頭に毛糸の帽子、防寒具の上に雨具、手袋という昨日までとはまったく違う恰好での準備。
3300m→4095mの登山が真っ暗闇の中ではじまった。





(続)  

2017年06月23日

キナバル山4095mに登る③

シンガポールの大学生らについていき、最初からペースを乱した我々。
男子学生は全員、筋骨隆々のスポーツマン。
とにかくハイペースだった。
ガイドにも「ゆっくり、ゆっくり」と言われてるにも関わらず・・・
それに付いていってしまった。




最初のシェルターでハーハーいいながら、息を整え、考え方を改め、ゆっくり登ることにする。
フリーマンO氏は水分補給のため、早速弁当のりんごを食べる。
私は差し歯が抜けそうなのでりんごは丸かじりはできないface07

0.5kmごとにある看板。
たった500mが長く感じる。
登っている人は若い人が多い。アジア各国だけでなく、欧米からもやってきている。
日本人には登っている最中にはあわなかった。






ときおり山小屋で使う食料や、新しい山小屋を建てるための建築材料を運ぶポーターが登ってくる。
ただ登るのでさえきついのに、ものすごい重い荷物を持ってハーハーいいながら登る。
ガイドに聞いたら、1kg=5MR(=約130円)がポーターの給与ということ。
建築材料には壁があったり、鉄骨などがある。
鉄骨は33kgもあるようだ。ということはこれを運んで5,000円いかないのか・・・と計算をする。
ポーターが荷物を運ぶのは1日がかかりである。
とても私には出来ない仕事だ。

そんなポーターに追い抜かれながら、
7kg未満のリュックをかついだ我々は1歩1歩登る。

2km通過、3km通過。
本当に平地並みに歩けないface07
宝満山の百段ガンギがずーーーーーーーーっと続く感じ。
シェルターがあるたびにリュックをおろし、水やチョコを口に入れる。
4km地点のシェルターで昼食と言っていたので、まずはそこまで頑張ろうと思い、足をすすめる。
昼食場所では配られたランチを食べ、長めの休養をとり、少し体力を回復させる。
この時点で足はパンパン。
そして標高は3000m近くなってきている。

最初にスピードを競うように登ったシンガポール人の男子学生が横たわっている。
どうやら高山病のようだ。
やはり、最初のハイペースに無理がたたったようだ。
筋肉隆々の彼らでさえ、こうなのだ。

私も3000m近くなり、頭痛を感じたが、ペースをよりダウンし、ゆっくり呼吸をし何とか歩く。
植物も低層になり、見通しもよくなり、明日登る岩肌部分が見える。
あれが3300mから4095mなのか!と今の体力を考えると気が遠くなる。

フリーマンO氏が聞かなきゃいいのにガイドに聞く。
「今日と明日はどちらがきついのか?」
ガイド
「明日だ」

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山小屋到着。
「9:30に出て、16:30に到着。今日はいいですが、明日は時間制限があります。頑張ってください」と無慈悲なベル。

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俺たち、明日大丈夫かな?とハイキングレベルの登山しかしたことのなかった2人は落ち込むのだった。face07

(続)


  

2017年06月23日

キナバル山4095mに登る②

翌朝、安宿の下のセブンイレブンで登山中の水やチョコレートなどを買い、高山病予防のダイアモックスを半錠飲む。
登山の前日から飲むことと書いてあったので、そのようにしているがトイレが近くなるのが難点。
利尿剤なので仕方がないとのこと。
チベットなどでの高山病の辛さの経験からの予防である。




朝7時に遅れることなく、登山会社の送迎スタッフが迎えに来る。
そして、コタキナバルの街から2時間、山道を進んでいく。
途中、利尿剤の影響により、我々は運転手に止まってくれと頼む。

9時、登山事務所に到着。
登山に使わない荷物を12MRで受付に預け、
登山許可を貰うために書類にサインをし、
またトイレに行き、
弁当(サンドイッチ、冷たい手羽先、リンゴ2個)と水をもらい、
登山ガイドの紹介をうける。
登山ガイドはベルという名前だ。




登山事務所からゲートまでを車でガイドともに送迎をしてもらう。
この間は5分程度。




このゲートが1680mらしい。
ここから今日は約3300mの山小屋までいく。
途中、約1kmごとにシェルターと言って休憩所があり、そこにはトイレもある。

いよいよ登山開始。

フリーマンO氏も私も本格的な登山はしたことがない、ハイキング登山程度の男。
フリーマンO氏はこの日のために軽くスクワットを何日かやった程度。
私は肥満だときついだろうと、この日のために1週間炭水化物を抜いてわずか1kgやせた程度の男。

「今日は山小屋まで6km。1時間1kmで歩くペースでいけばいい」とベル。

そして最初の1km。
シンガポールの大学生らのあとについて登る。
彼らは若いので登るスピードが速い。
負けじと45歳の中年2人が彼らについていく。

そして、1km地点ですでにクタクタになる・・・

山の1kmはとても長い・・・





(続)
  

2017年06月23日

キナバル山4095mに登る①

以前から登ってみたかったキナバル山に行ってきた。

別の国に出張の予定をしていた期間があったのだが、その出張がなくなり、せっかく空けておいたこの期間を有効利用しようと思い、以前からツアー企画をしたかったキナバル山を下見しようと思ったのが、今回のはじまり。

東南アジアで一番高い山やし、富士山よりも高いし・・・4095mやし・・・
まず、登れるのかなと思い、コタキナバルの友人数名にメールで連絡し確認をとった。
コタキナバルの友人は私よりも年上の女性たちだ。
彼女らの答えは「問題ない、私も登った。」とのこと。

「じゃあ、一緒に登ろう!」と言ってみたが、それには返答はなかった(笑)

キナバル山に登るのは決意したものの、1人で登るのはつらいなと思い、誰か行かないかと声をかけたところ、東京在住のフリーマンO氏が手を挙げてくれた。

飛行機をとり、登山許可書・山小屋・登山ガイドなどを手配する。
今回はエアアジアで大阪出発でクアラルンプール経由でコタキナバルまで行く。
フリーマンO氏とは関空で合流。

コタキナバルに登ることができるのは1日に120名。
120名が山小屋に宿泊できる人数であり、それが登山人数のリミットとなる。

エアアジアはLCCのため、荷物を機内に預けると代金がプラスされる。
我々はリュック1つを機内持ち込み荷物制限重量の7kgまでにおさめ、それだけを今回の旅行の荷物とした。




6月12日 夜21:30。コタキナバル空港に到着。
生暖かい空気が体にまとわりつく。
安宿に入り、現地の人々でにぎわう24時間の食堂に入り、うまそうなものを注文する。






明日は朝7:00に登山会社が迎えにきて、登山開始だ。
夜遊びしたそうなフリーマンO氏を悟し、寝ることにした。

(続)  

2012年03月30日

森の人・オラウータン

そういえばFB友達が台南の友人たちを介して、コタキナバルのFB友達が増え続けている昨今です。(個人的な話ですが・・・)

アジアン・リゾートのコタキナバル。

オラウータンicon130の故郷でもあります。

山あり、海ありの観光地化されていないコタキナバルの魅力を・・・

今回はシャングリ・ラ ラサリアリゾートでゆっくり堪能いただきます。face02


シャングリ・ラ ラサリアリゾート コタキナバルは、1.6平方キロメートル(東京ドームの約34倍の広さ)の広大な熱帯雨林地帯とパンタイ ダリット ビーチに囲まれた、サバの魅力を存分にお楽しみいただけるリゾートホテル。
自然保護区、オランウータンのエデュケーションセンター、環境に優しい名門ゴルフコースなど、各種施設やアクティビティをお楽しみください。(ホテルHPより)


ツアー詳細は来週アップします。ご興味がある方はお楽しみにface02