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動画作成:向田 隆

2016年12月08日

中国4000年の知恵

漫遊で中国人や台湾人インバウンド旅行を担当しているゴウ氏




彼は中国の河南省にある古都・開封の出身。

毎日、精力的に営業活動をし、

中国・台湾各地から日本旅行の仕事をもらってきているface02

そして、

自分自身で添乗をして最後までお世話をし、

かなりリピーターを増やしている。

中国・台湾の方の旅行日数は長い。

10日とか13日とか半月とか・・・

彼は一度、添乗業務に出ると、なかなか会社に帰ってこない。

遠洋漁業みたいだicon127

秋はとくに忙しく、

この添乗業務が何連続と続く・・・

そして、喉を痛めたゴウ氏。

マスク姿でやってくる。





ん?


ん??












彼の発想力はすごい・・・face07


中国4000年の知恵だと彼はいう・・face07  

Posted by タカ at 16:03Comments(1)中国ネタアイディア

2014年10月15日

潮州料理

10月の連休中は台風と行き違いに台湾に行ってきた。

元々の仕事は社員旅行の添乗業務であるが、夜、仕事が終わって、

友人の片倉佳史氏(台湾在住の作家)と食事をし、12月の台湾宴会列車ツアー(貴賓車両を貸切にしたツアー)のことを打合せをした。

台湾宴会列車ツアーの詳細を書くのはまたにする。

今回は片倉氏と食事をしたレストランの話。

前回、6月に片倉氏と食事をしたときに連れていってもらった潮州粥の店の味が忘れられなく、

片倉氏には今回はこちらからこないだの潮州粥の店で食べながら打合せをしましょうとレストランの指名をする。

この潮州料理とは・・・

片倉氏いわく、

中国の人にあなたはどこの地域の中華料理が美味しいかと聞くと・・・

あまりいろいろ食べていない人は
自分の住んでいる地域の料理が美味しいという

そして次の段階のレベルの人では
上海料理や香港料理を美味しいという
これは上海や香港の都会への憧れもあるらしい

そして色んなものを食べた美食家の方が選ぶのは
潮州料理を美味しいという

では潮州とはいったいどこなのか??
広東省の一部のごく狭い地域

広東省の地図(ウィキペディアより)


この地域は素材の味を生かす薄味の味付けで、すごく微妙な味加減をするのが特徴。

だから、お粥なんかはすごく微妙な味付けでたまらないface02
八時間も煮たお粥なのに米粒は崩れてなく、
中に入ってる具もひとつひとつがその味を強調しながらもバラバラではない、絶妙なハーモニーである。



そのほかにも、タロイモのチップスや以前は台湾の南部でしかとれなかった水蓮菜など美味しい食べ物がこの潮州粥では味わえる。








皆様も潮州料理の店を見つけたら、是非、入ってみてはいかがですか?



  

Posted by タカ at 08:36Comments(0)中国ネタ

2013年02月07日

客家十八の金言

本日も役にたたせてもらいました(^O^)/

・運は親切をした相手の背中から来る
・許すことを知れば運命は変えられる
・退却は重要な才能なり
・何を始めるかに最も時間を費やすべし
・ビジネスには大義名分が必要なり
・準備していなかったチャンスはリスク
・小さい約束こそが重要なり
・家族を蔑ろにする者、成功せず
・お金に使われず、お金を働かせるべし
・50人の仲間が成功の核心となる
・金鉱ではスコップを売るべし
・安売りには必ず終わりがやってくる
・嫉妬は成功の敵、愛嬌は成功の素
・物事は因数分解して考える
・汗ではなく考えることこそ富を生む
・笑顔はコストゼロの最良戦略
・「ありがとう」は必ず声に出すべし
・欲望に忠実になるためにこそ禁欲的に


客家大富豪18の金言 甘粕正著書 より、抜粋

  

Posted by タカ at 15:49Comments(0)中国ネタ

2012年08月10日

65年ぶりの里帰り ~番外編 懐かしい味~

旧満州への記憶の旅では「味」の思い出も大事な要素の1つ。

豊満ダムの脇で野イチゴを売っていた。懐かしい~と言って1つ購入。

甘酸っぱい味が子供時代の記憶を呼びもどしたようだ。



  

Posted by タカ at 14:22Comments(0)中国ネタ

2012年08月09日

65年ぶりの里帰り ~番外編 競争社会~

旧満州時代の陽明小学校は現在、吉林九中と中学校になっていた。

正門の前には顔写真がずらり。

試験の成績優秀者が顔写真と点数入りで掲示されるらしい。

これ交通量の激しい道沿いですからねface08

すごいな、中国。








そして今回のトップはこの人!!



600点満点中598.5点なので1.5しかミスしてないよ・・・次は頑張って満点をとってくださいね。face02
それにしても上位は女性ばかり・・・・男ども頑張れ!!加油!!

  

Posted by タカ at 12:00Comments(0)中国ネタ

2012年08月09日

65年ぶりの里帰り ~番外編 イメージ図~

Oさんが描いてくれた記憶地図。
Oさんの頭の中には今も鮮明に子供の頃の記憶があるんだなと改めて感動するface08

自宅周辺の地図




自宅の中の平面図




自宅と松花江




自宅と文廟





Oさんのこの地図は本当に素晴らしい!!
でも、Oさん、これ描いてきてるんだったら、帰りの列車の中で見せないで先に見せてくれたらよかったのにface07  

Posted by タカ at 09:00Comments(0)中国ネタ

2012年08月09日

65年ぶりの里帰り その3

今回の参加者が通った小学校に向かう。吉林陽明小学校
今の吉林九中である。


偶然にもOさん(弟)とKさんは同学年。もしかしたら同じクラスになったこともあるかも。face03
以前は2階建ての校舎ということであるが、建物は完全に変わっている。
トウさんが、昔の正門に立っていた樹が残っていますよと。


そちらにまわって位置を確認すると、
Kさんが「こちらが正門であれば・・・」と一番気になっている自分の自宅の場所を推測していた。
残念ながら正門の樹の記憶は誰も持ってはいなかったが、小学校時代の友達の話、級長になった話などをされてた。

それから今は児童公園になっている「吉林神社」に行く。
闇市なんか出ていたというOさんのお話であったが・・・神社の面影はもう全くなし。


と思っていたら、
ここはもともと神社だったんだぞ~と頑張って意地で残っている灯篭を発見。



そしていよいよKさんの記憶を辿り、Kさんの自宅だった「吉林倶楽部」を探しに行く。
Kさんから吉林倶楽部はまだあるか?ということを5年前から言われ、中国の現地旅行社に調査をお願いする。
最初の返事はもうないということ。
間違えかもしれないので他の旅行社にも2、3社確認する。どこもないという返事。
5年前、Kさんには残念ながらその様にお返事をした。
その代り、調べていくうちに見つかったH氏という同じ吉林倶楽部に住んでいた友人との再会の仲介をした。
Kさんはそのとき納得したようにみえた。
だけど昨夜の夜食ミーティングのときの話で思った。Kさんは吉林倶楽部の場所まで行って、自分の目でないのを確かめないとあきらめきれないんだな、と。

「庭が広くて柱も素敵で、レストランもあるし・・・いまだに夢に見るんですよ、吉林倶楽部」

Kさんの吉林倶楽部あればいいな、心から思った。

まずは家の近くにあった河南街にいく。この通りは歩行者天国で商店が左右に並ぶ賑やかな通り。
当時、Kさんはお母さんに手をひかれ買い物に来ていたという。
河南街より松花江の方に曲がり、そして最初の角を右に行ったところあたりにある。

河南街を歩く。



そして、左に曲がる。
道幅が当時よりだいぶん広くなっているという。
そして、右に曲がる。



・・・・・


・・・・・


・・・・・



ない。




位置的にはここらへんだ・・・そこには30年前から立っている住宅団地があった。
その住宅団地の広い敷地を考えると、吉林倶楽部はここにあったのではと思う。
その住宅の裏側には映画館があるという。
吉林倶楽部の映画館の位置もその裏側のほうらしい。偶然であろうか?

住宅団地の中を何か手がかりがないか探す。残っている建物がないか探す。
何かあってほしい。Kさんから聞いた、白っぽい建物の何かが。

・・・


「もういいですよ、西山社長。ここだと思います。感じるんですよね、帰ってきたと。ありがとうございます。」
Kさんの思い出の区切りがついた瞬間だったと思う。
記憶の旅は「無くなったことの確認」もある。寂しい確認であるが。

午後からは当時、Oさん家族が馬車で何時間もかけてピクニックに行った「豊満ダム」に行った。
今でもピクニックに来ている家族がたくさんいた。




その4へ続く・・・  

Posted by タカ at 05:09Comments(0)中国ネタ

2012年08月08日

65年ぶりの里帰り ~番外編 ライバル~

吉林には弊社のトゥクトゥクのライバルが多数走っていた。

当然、弊社のトゥクトゥクのほうがカッコイイと思ったが。icon195

では、吉林使用のトゥクトゥクをどうぞ(^O^)/












すげぇ~、スクーターに板を張り付けているicon196icon196




  

Posted by タカ at 10:00Comments(0)中国ネタ

2012年08月08日

65年ぶりの里帰り その2

天気予報は雨になっていたが、65年ぶりに訪れた4人のためにか、曇ってはいたが、雨が降ってはいなかった。

2日目、いよいよ記憶の旅が本格的にはじまった。
この緊張感は単なる観光ツアーとは違う。
ご本人たちの記憶を頼りに思い出の地をめぐるのであるが、65年の長いブランクのある記憶である。
その中には正確な記憶もあろうが、怪しい記憶もある、その確からしさを推測しながらトウさんに案内をしてもらう。
その地に65年前の思い出があるかどうか・・・。

まずは確実に残っているカトリック教会。今は天主教堂と名前を変えている。
100年の歴史を持つこの教会は今も堂々と松花江のほとりに建っていた。


この教会はKさん、Oさん、Sさんらの小学生のときも知っているんだと思うと不思議な感じがした。
「もっと大きいイメージがあったけどな」と。
小学生が見るのと、大人になってから見るのと目線も違うし、周りに大きな建物が出来たからでもあろう。
それでもこの教会は堂々としているなと感じた。face02

教会の前には松花江がある。
松花江には松江大橋がかかっている。


トウさんが橋げたを見てくれという。よく見ると手前と奥に橋げたが2つになっている。奥は古い。手前は新しい。
奥の橋げたはOさんらが住んでいた当時からの橋げたらしい。
橋の幅がその当時に比べ、2倍になったということ。
Kさんは「兄がこの橋を通って向こう側の中学校に通っていた」と、
Oさんは「あの2番目の橋げたのところで溺れかけた・・・」とつぶやく。
ここに住むものにとってこの川の記憶の領域はとても大きいようである。

それからOさんの遊び場だった孔子廟に行く。今は文廟という名前に変わっている。
文廟の入り口でここが昔、「孔子廟」という名前のところです。と門の前でトウさんが説明をする。
「こんなところやったかなぁ?う~ん」とOさん兄弟は記憶をたどる。
そして門をくぐり中に入る。
池がある。


ここ!!ここ!!この池でよく遊んでた」「もっと大きいと思ってたけどなぁ」「でもこれは間違えない!」と顔をほころばせる。
Oさんの家はこの近所で家から歩いて来ていたらしい。

それであれば、少年時代に戻ってここから記憶を辿って家の場所を探しましょうと私が提案。

そして少年時代に戻ったOさんらは少年時代遊んだ後に家に帰るように歩いていく。
自分が65年前に住んでいた場所に帰るのである・・
たぶんここら辺というところを地図で確認する。ここだなと予想。
そこにはもう何も昔の名残はない。face07
だからここが本当にその家の場所かは分からない。
でも、私はここだと思った。face02
Oさんらの記憶が次から次に蘇り、口から出てくる。
近所のお金持ちの家の話、お菓子をもらった話、神輿の話・・・。



「ありがとう。先祖の供養になったみたいだよ」とOさんは私に言ってくれた。

その3に続く

  

Posted by タカ at 05:02Comments(0)中国ネタ

2012年08月07日

65年ぶりの里帰り その1

先日、毎日新聞に弊社で取り組んでいる旧満州の記憶の旅が掲載された。
それに興味を持った方々に全国各地より問い合わせをいただいた。

その中の神奈川県在住のOさん兄弟と妹のSさんと福岡在住のKさん、それに私とで8/4から記憶の旅に行ってきた。
今回の目的地は4人が育った吉林。

Oさん兄弟妹は成田から瀋陽へ。私とKさんは福岡から瀋陽へ行き、瀋陽で合流。今回、瀋陽は吉林に行くための通過点に過ぎない。
福岡便は定刻についたものの、それより約2時間遅く到着する予定であった成田便は大雨の影響を受け、さらに40分遅れたが、何とか無事到着。
瀋陽で降りられない場合は大連に行くことがあるのでヒヤヒヤしたが、ホッとする。
OさんらとKさんはここで初めて会う。私もOさんらとお会いするのは初めてなのだが、列車の時間が迫っているので挨拶もそこそこに急いで車に乗りこみ、瀋陽駅に向かう。
車の中でそれぞれ自己紹介をする。
みんな吉林育ちのグループ。実はOさん(弟)とKさんは偶然にも同じ年生まれで同じ吉林陽明小学校に通っていた。
同級生である。本当に偶然face08
2人とも覚えてはなかったですが(笑)。

こうして65年ぶりの里帰りがはじまった。

瀋陽駅18:39発の中国新幹線で出発。吉林到着は21:56。
約3時間強の列車の旅。
本当は瀋陽駅の近くのレストランで食事をして乗るつもりだったが、飛行機の遅れで夕食を駅弁に変更。

25元のごはんだけが異常に多いおせじにもそれほどウマイとは言えない駅弁(これ1種類しかなかった)とぬるいビールをみんなに配る。ビールも冷えたのはないという。face07
まあ、吉林に到着してウマイ夜食でも食べに行けばいいさと思い我慢する。




そして吉林に到着。引き揚げて65年ぶりにふるさとに戻って来た。
飛行機、バス、列車と乗り継ぎ疲れているだろうが、みんなワクワクしている感じが伝わってくる。

吉林の案内人は昔の吉林の地理に詳しいトウさん。顔はイカツイ(笑)
吉林駅からホテルに向かう途中も、ここが昔の陽明小学校だったところですよと現在、吉林九中になっているところを指さし説明をする。その陽明小学校こそ4人が通っていた学校である。それに応じるようにKさん、Oさんらはそしたらこれが大馬路?とか昔の道路を尋ねる、興奮が伝わってき、私まで嬉しくなってくる。
そして、吉林市の真ん中を流れる河・松花江を渡り、ホテルへ到着。

Oさんらは新幹線の中でウィスキーをちびりちびり飲んでいたのが効いたのか、もう休むということ。

私とKさん、トウさんの3人で夜食を食べに24時間営業のお粥の店へ。
Kさんはなつめのお粥。私は適当に取ったつまみとビールを数本を夜食とする。
トウさんはもう夕食は食べたということでビールのみ。
ここでも地図を広げながら明日に備えての作戦会議がはじまる。
Kさんの家は吉林倶楽部という場所。倶楽部といってももちろんカラオケクラブなどではなく、広大な敷地の中に「住宅部分」「レストラン部分」「映画館」などがあった総合施設のようである。
Kさんの今回の一番の希望はそこに行きたいということ。そこは立派な建物だったので壊されるはずがない、きっと何らかの形で残っているはずだと・・・





私の事前調査では「もうない」と伝えてある。それでも自分の目で見ないことには納得がいかないのであろう。
私もあくまで人任せの調査なので、全部ではなくとも、少しでも何かが残っていればいいなと思いながらKさんの横でビールを飲んでいた。

その2に続く・・・


  

Posted by タカ at 15:36Comments(0)中国ネタ